出演:愛華みれ 井上順 他
作・演出:吉田秀穂
音楽:つのだ☆ひろ
1950年代初頭、海の向こうアメリカで、一組の話題性豊かなカップルが誕生した。
女はアメリカ人にしては小柄で、白テンの襟のついた茶のシックなスーツを着込み、男は大柄で、いかにも高級そうなスーツに身を固め、急遽呼び出された神父の前で、厳かに〈I DO, I DO〉と何やら呪文の如く呟いた。
男のジョー・ディマジオ。女の名はマリリン・モンロー。アメリカが生んだ、ヒーローとヒロインの華麗なるカップルである…。
そして1954年の東京。ここは登場するカップルは、日本のヒーローとヒロインではない、いや本人たちは〈成り損ねた〉と思い込んでいる。そして、その責任は無理解な世間と時代にあると言い切る一組の夫婦である。
夫の名は今泉弦造。トウキョウ・ジャイアンツを解雇されたばかりのプロ野球選手(…であった)。
そして妻の名は梅園はるか。本名・今泉梅子は新劇女優、といっても活動の場は殆ど映画、どれも時代劇の端役ばかりの文化住宅で、一大決心をする。
〈心中〉!
プライド高きヒーロー成らざる夫婦の脳裏には、才能溢れるが故に世間から疎んざれ、死をもって〈夫婦道〉を貫く男の姿が浮かんだ。それは余りにも美しい…そして彼らが選んだ心中場所は…帝国ホテル。
昭和29年2月。帝国ホテルのスウィートルーム。
つい一年ほど前までは米軍に接収されていた名門ホテル。
このホテルに、まさに艱難辛苦の思いで投宿した男女の身に降りかかる災難の数々…。
人生の岐路に立ったこの夫婦は、有り余る才能(世間には見過ごされた…と本人たちは思っている)を持った自分たちに相応しい場所で〈最後の夜〉を過ごそうと思ったのである…すなわち〈死〉を決意したわけでありますが、彼らにとって、名ばかりの文化住宅の薄汚れた部屋で死ぬことなぞ、それこそプライドが許さなかったのである。(不遇な天才夫婦)+(最後の夜)=帝国ホテル…という短絡的な発想も彼らなりの思い入れがあり、それなりに神聖なる〈最後の夜〉が迎えられるはずであった…。
ところが、この夫婦にとっての不幸は、この日、彼らの隣の部屋には、新婚旅行の途中に来日した元大リーグのヒーロー、ジョー・ディマジオと人気絶頂の女優、マリリン・モンローが宿泊していたことである。
玄関前に詰め掛け、押されてホテル前の池におちるファン。
ホテル内に無断で侵入する新聞記者。なんとかモンローの部屋へ入ろうと企むボーイ。噂を聞いて駆けつけたインチキ指圧師…。それらの人々によって日本のヒーローにならざる夫婦は、とんだ夜を迎える事になってしまうのであります…果たして彼らの(神聖なる最後の夜)はどのような夜を迎えるのであろうか?……。
如何に〈死ぬか〉を模索する一組の夫婦が、様々なアクシデントに見舞われながら、いつの間にか結果として、如何に〈生きるか〉へと変わっていく自分たちに気づく…不釣合いなスウィートルームで繰り広げられる、可笑しくて悲しい日本人の〈TO BE OR NOT TO BE〉なのであります……。